牛の飼料・サイレージで見逃されている点(4)「発酵TMRの製造で酪酸生成はある?」

下記の「参考記事」を読んで、気になる点があったので、長年「発酵TMR」の研究に従事した中で確認していたことを整理したいと思います。

一般に発酵TMRの水分は70%以下のことが多く、自給飼料のサイレージのような酪酸菌が増殖しやすい発酵条件にはありません。これを裏付けるように、私が関わっていたTMRセンターで数多くの発酵TMR製品の有機酸組成を分析していましたが、酪酸含量が多量に発生する不良発酵のデータは見たことがありませんでした。また公的研究機関でも発酵TMRの研究は数多く実施されましたが、見当たりません。

もし酪酸含量が多量に発生する可能性があるとしたら、発酵TMR原料の密封が不完全で発酵初期にWSC(可溶性炭水化物)が少なくなる、あるいは発酵TMR中に炭酸カルシウムなどが多量に含まれ、乳酸等の有機酸が生成されても、その緩衝作用により発酵TMRのpHが下がらず、酪酸菌が増殖する発酵環境がある場合です。

確かに、泌乳牛が酪酸を多量に摂取すれば、血中のBHBA(血中ケトン体の一つ)は増えることは有りうるでしょう。

それでは、それ以外で泌乳牛のBHBAが増える場合があるでしょうか?
一つは分娩後等に体脂肪の動員が起こり、脂肪代謝の過程でBHBAが増加することは一般に知られています。その場合、血中のNEFA(遊離脂肪酸)も増加します。

人の「ケトンダイエット」の場合、食事を通常より脂肪、蛋白質成分を多くし、糖や澱粉などの炭水化物の成分を少なくする場合、血中のBHBAが正常値を超えることが知られています。
そのため、泌乳牛においても、エネルギーバランス(NEB)が大きくマイナスになりNEFAが異常値を示すことなく、BHBAが増える場合があると想定します。

その想定を敢えて挙げるとすれば、以下のとおりです。
発酵TMR中の脂肪含量が乾物6%以上になる、しかも炭酸カルシウムも1%以上含有する。さらに水分も40%以上あり、WSCも乳酸発酵により発酵TMRのその含量は飼養標準等の栄養基準より少なる。これらの条件が重なった場合です。
この時の発酵TMRの栄養バランスはTMRの飼料設計に携わっている方であれば、想像できるように、ルーメン発酵に必要なエネルギーが少なくなり、さらに血糖値も低く、エネルギー、蛋白代謝に影響し、受胎に悪影響を及ぼします。            さらに過去のブログで触れたとおり、牛における脂肪過給による酸化ストレスを生む「脂肪毒性」も受胎に関与してきます。

栄養成分バランスは飼養標準等に適合させたとしても、TMRの発酵具合によっては、前述のとおり大きく変化する場合があります。
そのため、発酵による栄養成分の変化を想定するとともに、やはり飼料分析をすることが肝要です。
尚、冒頭の図は東京都中央区・内科・高橋医院のブログ(https://hatchobori.jp/blog/5965)
の「ケトン体は本当に危険なのか?」中に示されたものを転載したのです。

(参考記事)
「発酵TMR給与による食餌性ケトーシスがもたらす牛群への影響」(「家畜診療」:70巻4号(2023年4月))

この記事を書いた人

Ishida

いろんなことに「なぜ」、「なぜ」と問いかける性分が子供の頃からあり、今も続いています。牛は私に「正直」に接してきますが、人は必ずしもそうではないため苦手です。このブログを通して、牛が農家さんに貢献してくれるとともに、牛が健康に長く生きられる術を皆さんといっしょに考えていきたいと思います。