答えは、当然、白血球は独立した生物ではありません。牛も多細胞生物であり、その細胞の一つです。
しかし、白血球はあたかも一個の生物のように血管内を遊走し、例えば毛細血管を出て乳中に移動し、乳中の細菌を貪食したりして細菌の増殖を防ぎます。
マクロファージという白血球の一種は「貪食細胞」と名称されるように、細菌を細胞内に取り込みます。私の中では、それはあたかもルーメン内にいるプロトソア(原虫)が細菌を取り込むのとだぶってしまいます。
ルーメン中のプロトゾアは自ら分裂し増殖しますが、この白血球は増殖することなく、どんな白血球も時が来れば死滅します。
白血球は骨髄で作られ、細菌などの感染防御やその炎症に関わっています。
この単一の細胞である白血球が細菌の増殖を抑える力を高める処方箋を私のこれまでの知見を基に整理したいと思います。
医学分野では一般的な捉えとして、人の低栄養(エネルギー、蛋白質の不足)は白血球の免疫能を低下すると認知されています1)。
乳中には種々の抗菌物質が作られています。今注目されているラクトフェリンも糖蛋白の一つです。また乳中には免疫グロブリンも含まれています。これも蛋白質の一種です。
分娩後、泌乳牛において蛋白質が不足し、体蛋白が消耗する中、これら抗病性に関与する機能性蛋白質の生成が十分であるかは疑いたくなります。
免疫細胞である白血球のエネルギー(ATP)産生が不十分であれば、その活性も悪くなります。
白血球は独立した生命体ではありませんが、乳腺細胞内で細菌を貪食しているところをイメージし、そのためには多くのエネルギー(ATP)を必要とし、一つ一つの白血球の殺菌力が弱ければ、数も多くなると想像してみてはいかがでしょう。
また、乳房炎になれば、抗生物質を使う状況になります。抗生物質の種類によっては、白血球の貪食能を抑制する場合もあり2)、耐性菌の出現と伴に抗生物質の負の作用も知っておくべきです。
もう一つの大きな捉えとして、ストレスによる免疫力の低下、つまり白血球の活性の低下も知られるところです3)。
ホル泌乳牛においてはこの二つに呼応するように、分娩初期に細菌感染である乳房炎は多くなっています。
この大きな二つの条件が重なることにより、牛の免疫システムによる乳房組織の細菌等への防御が崩れ、体細胞数(白血球等)の増加、炎症が強くなり、抗生物質等の治療が必要となるのです。
一つの牛群の同じ環境下の中、今年のような強い暑熱ストレス下においても、分娩後乳房炎に罹患する牛とそうでない牛がいます。
これについても、泌乳後期から乾乳期、内臓脂肪の過剰蓄積の原因となるエネルギー摂取過剰が続くような牛の場合は、周産期のインスリン抵抗性によるストレス感受性が大きくなります。
牛においてもストレスホルモンであるステロイド剤を処方し、炎症等を抑える措置があります。この負の作用として、免疫力が低下することは一般に知られるところです。
周産期は生理的に免疫能の低下が高い中、前述の内臓脂肪の蓄積度合いにより、このストレス感受性の違いが、乳房炎等の感染症の罹患の有無の条件の一つになると考えてしまいます。
同じ牛でも、黒毛和牛においては、分娩後の乳房炎はホルスタイン種に比較し少ないのは、なぜでしょう。
推測するに、この違いを生む原因としては、泌乳量(代謝体重当たりの泌乳量)の違いが大きいのではと推測します。私の中では、品種改良による泌乳量の増大が体脂肪の動員を大きくし、代謝的負担や酸化ストレスが大きく、これらが、黒毛和牛より免疫力の低下を招いているのではないかと。
今後もホルスタインの改良を進め、泌乳量の増大を目指す中、牛舎環境、衛生環境を現状維持にしたままでは、今回説明した分娩後の「酸化ストレス」による免疫力の低下が乳房炎の発生の一つの因子となり、農家さんを悩ませているとつい思ってしまいます。
冒頭の顕微鏡像は血液中の赤血球と白血球です。
(参考文献)
1)「低栄養患者における感染症」(日本内科学会雑誌:108巻11号)
2)「マクロファージ貪食能に及ぼす抗生物質の影響」(「歯科薬物療法」:Vol13No.2 1994年)
3)『酸化ストレスから見た乳牛の周産期と暑熱環境」(家畜感染症学会誌:7巻2号)