牛の栄養代謝の素朴な疑問(2)「分娩後、筋肉が乳蛋白の一部に?」

分娩後、泌乳牛は生理的に体脂肪や体蛋白を使い、エネルギーにすることは一般に知られるところであり、過去のプログでも触れました。
一般に分娩後の最初の乳検月の乳脂肪率が5%(5.5%)以上になれば、体脂肪の動員が大きく、肝臓の脂質代謝に負担が掛かっていることも知られるところです。
私が関わっている6軒の酪農家さんの分娩後最初の乳検記録(2021年の1年間)において、分娩後から20日までの乳脂肪量、乳蛋白量とその牛の翌月の乳脂肪量、乳蛋白量を比較してみたところ、該当する対象牛45頭の内、19頭が分娩後の最初の乳検日の乳脂肪、乳蛋白量が高い結果でした。これまでも乳脂肪の一部は体脂肪由来であり、また体脂肪や体蛋白は牛のエネルギー源になっていることは承知していました。

一般には分娩後の1日の乾物摂取量、蛋白、エネルギー摂取量は分娩後20日までよりは35日以降の方が多い傾向にあります。そうすると、上記の分娩後の最初の乳蛋白量が多いということは、体蛋白のアミノ酸の一部が乳蛋白の原料になっていると考えざるを得ません。
人の栄養学の教科書を見ると、絶食するとまず体内に蓄積されたグリコーゲンが消費され、その後、筋肉等の体蛋白からアミノ酸が放出され、また脂肪組織から脂肪が放出されエネルギー源として使われ、絶食当初は脂肪の損出より蛋白の損出が大きいという記載があります。
牛の場合、エネルギー収支がマイナスになる時は筋肉組織からアミノ酸が放出され、それがエネルギー源になると伴に乳蛋白の原料の一部になっていることが予想されます。実際、牛の体蛋白がエネルギーとして使われる量は、その代謝産物である3-メチルヒスチジンが尿中に出る量で推定することができます1)
また、最近では分娩前と分娩後の下腿筋の一部位の面積等をエコーで測定し分娩後の筋肉量が減少している研究報告2)を目にしましたが、前述の蛋白代謝を裏付けています。
体蛋白は筋肉組織だけでなく、関節や蹄の組織にも含まれており、それも損出しているのであり、分娩後肢蹄が弱くなる一因になっているでしょう。

この損出を少しでも少なくする処方箋は分娩後のエネルギー摂取量を十分なものとすると伴に、バイパス蛋白量を十分与えることではと捉えています。

(参考研究報告)
1)「乳牛における分娩後の蛋白質栄養状態を示す指標としての3-メチルヒスチジンの有効性の検討」                    (「家畜衛生学雑誌」: 39巻4号 P165~171(2014年))
2)「乳牛の乾乳期におけるボディコンディションと分娩後の乳生産およびエネルギー代謝の関係」
(「家畜診療」:65巻12号 P803~809 (2018年))

この記事を書いた人

Ishida

いろんなことに「なぜ」、「なぜ」と問いかける性分が子供の頃からあり、今も続いています。牛は私に「正直」に接してきますが、人は必ずしもそうではないため苦手です。このブログを通して、牛が農家さんに貢献してくれるとともに、牛が健康に長く生きられる術を皆さんといっしょに考えていきたいと思います。