私が「戻し堆肥」の試験に携わったのは、平成4年以降です。その時すでに「戻し堆肥」
(仕上げた堆肥を新たな堆肥調製の水分調整材/種堆肥として再度、糞尿に加える堆肥)は、利用されていました。またその延長として「戻し堆肥」をフリーバーンやフリーストールの敷料の一部として、さらにはフリーバーンではベッドにオガ屑等を追加して、菌の力で「発酵床」(「発酵ベッド」)にするという方式も出てきました。平成4年以降、公的研究機関等も「戻し堆肥」や「発酵床」の調査や研究に力が入り、現在はその成果も取り入れられ、これらの糞尿処理方式は日本の酪農の特色の一つになっているのです。
ここで「種堆肥」という日本的な発酵技術で生まれた「戻し堆肥」について、見逃されている点を整理したいと思います。
・50℃、60℃以上の高温発酵させた堆肥は、大腸菌等の病原性細菌の増殖を抑制するバチルス菌、放線菌等が優勢になり、その結果、堆肥中の病原性細菌の抑制に繋がります1)。
このような堆肥を堆肥材料に混合すると発酵が高まることやこの種菌を混合することによる効果は現地農家さんレベルでは、比較対照をもって判断することはむずかしいのですが、これまでより発酵温度が上がったり、糞尿感が少なくなることは実感として多くなっています。
この中で戻し堆肥の効果を示唆する研究事例2)があります。
おからを堆肥材料として、微生物資材4種と無添加の堆肥発酵を比較しています。微生物資材を添加して、微生物による発酵度合いを見る「有機物分解率」には無添加と差は見られませんでした。しかし、できた堆肥を種堆肥(報告書では「切り戻し品の混合」と称する)として堆肥発酵試験をしたところ、無添加を上回る有機物分解率を示しています。
・前報のブログにも示した堆肥の白い層(高温性の放線菌主体、繊維中のヘミセルロースの分解量が多い)を含む堆肥を種菌として使って発酵を促進する方式を裏付けてくれています。
・現地の農家さんの堆肥を見せてもらう時には、堆肥の表面を掘り、この白い層があるかを確認します。これがあれば、現在品温が低くても高温発酵した証拠であり、戻し堆肥/種堆肥になる候補の堆肥です。
・この放線菌を堆肥発酵の優勢菌にし続けるには、水分調整に気を付け水分70%以上にはしないことです。また白い層が見えなくなったら通気性が悪いと判断し、切り替えし等の通気性の改善を実施します。
・この放線菌の他に牛のルーメンや腸内に生息する嫌気性のバチルス菌の堆肥発酵の関与を示唆する研究事例もあります(未発表)。腸内のバチルス菌は堆肥中においてもその発酵の一躍を担っているわけです。 これらの菌には抗菌性を持つものもあり、「戻し堆肥」を敷料等の一部に使う場合にはおか屑等の木質敷料にはない効果を示すことになります。
このような放線菌やバチルス菌が増殖した戻し堆肥を敷料や牛舎内に散布すれば、乳房炎等の感染症の抑制、あるいは圃場に散布した場合には土壌病害の抑制に働く可能性は十分あります。
・牛はルーメン中の微生物が嫌気的に繊維を分解する際に発生するVFA等をエネルギーとし、またその菌体を蛋白源にします。しかし、腸内では腸内細菌が分解する際の有機酸を一部エネルギー源にできますが、菌体は蛋白源には利用できません。しかし、その菌体や代謝産物の一部は堆肥中の微生物に利用され、牛が消化できなかった繊維も前述の放線菌等に分解されます。
・以上のように酪農等の循環農業の一翼を担っているのは土壌中の微生物であり、これらの微生物の特徴をつかみ、牛の健康や乳生産向上に結び付けたいところです。
冒頭の写真はBacilus Licheniformis の電顕写真です。高温発酵した堆肥中に優先する抗菌性の高い、通性嫌気性のバチルス菌です。
(研究事例)
1)環境性乳房炎の防除方法の検討(症例報告)(日本獣医畜産新報Vol.49.No2 1996年)
2)未利用資源の農業利用に関する研究(第1報)(神奈川県農総研研究報告:1994年)