乳牛の分娩後の低カルシウム血症は一般の農家さんにとって、未だ予防が十分でない疾病の一つです。多くの研究がなされ、原因は整理されているかのように見えます。その中心はカルシウム代謝に影響するアルカローシスであり、PTHというホルモンやビタミンDを中心としたものです。 その中で気になったのは、分娩直後の体脂肪の動員、つまり血中遊離脂肪酸が高い牛に低カルシウム血症が多いという事実です。言い換えれば同一牛群、同一飼養条件での乾乳期の飼養において、分娩直後過肥牛に低カルシウム血症は多い傾向にあるのです。
この中で人に関する論文等で目に留まったのは、急性膵炎や運動等で血中遊離脂肪酸が増加した時に低カルシウム血症になるという調査結果です。
事実、血中遊離脂肪酸はカルシウムイオンと結合しやすく、またアルブミンとも結合します。
もし、血中遊離脂肪酸とカルシウムイオンが結合し、脂肪酸カルシウムが血中に多くなれば、組織への沈着つまり石灰化が起き、心臓組織の石灰化は牛の突然死の原因になることになります。
これはあくまで私の仮説であり、乾乳牛を実際用いて、実証的な試験、研究をしたわけでありません。
一般に同じ牛群内で分娩前後食欲に問題ない牛はそうでない牛より血中のカルシウムレベルは高い傾向にあります。
低カルシウム血症になれば、食欲は落ちていきます。食欲が落ちて低カルシウム血症になるのか、低カルシウム血症になって食欲が低下するのか、食欲と低カルシウム血症の関係は単純に整理できません。
一般に分娩前になれば、胎児による消化器官の圧迫、ストレスホルモンであるコルチゾールなどによる血糖値の上昇やエストロジェン増加などで食欲は低下します。過肥分娩牛において食欲が低下すれば、そうでない分娩牛より血中遊離脂肪酸が増加するリスクは高く、低カルシウム血症の原因の真偽に関わらず、ケトーシスや脂肪肝に繋がる事実は承知しておく必要があります。
私がお話しした仮説の真偽、つまり単なる遊離脂肪酸と血中カルシウムは「見かけの相関」なのか、それとも真に因果関係があるかを判定できるのは、後世の研究報告を待つことになります。
ただ、これまでのブログでも触れてきましたが、過肥牛の分娩前の飼料給与において大事にしているのは、人の糖尿病の予防や治療の一つであるインスリンの感受性を高める食餌療法と同じく、血糖値を高めないで栄養充足させる方式です。牛においては、粗飼料主体で栄養充足させる給与方式です。粗飼料は濃厚飼料に比較し一般にエネルギー価は低いですが、嗜好性がよく、消化性が高いものであれば、体脂肪の動員つまり遊離脂肪酸の増加は生理的範囲に収まることが多いのです。
(参考文献)
「ホルスタイン種分娩牛におけるインスリン抵抗性と低カルシウム血症との関係」(「畜産の研究」:第70巻第8号(2016年))