牛の代謝、栄養、飼料等のトピックス(15)「乳牛の胎子から出生後の栄養状態による成長ホルモン分泌は?」

このタイトルを少し整理しようと思ったのは、医学分野の記事や下記の論文1)を見てからです。

この論文では、和牛の飼育おいて、「胎子期や生後の初期成長期」にエネルギーを過給にして、それまでに太りやすい体質にして、その後は粗飼料主体でも、肥育期の増体や脂肪交雑を高める飼育方式を示しています。
この飼育法は、「エピジェネティックス」(DNAの塩基配列を変えずに細胞が遺伝子の働きを制御する仕組み)を利用するものです。

私が目指すものは、乳牛の飼育において、「胎子期や生後の初期成長期」の栄養状態をコントロールして、子牛の哺育、育成期のIGF-1(インスリン様成長因子)や成長ホルモンの分泌を高められないかということです。

ネズミ等では、出生前後の栄養状態が悪くても、過剰でも、このネズミの子供のIGF-1や成長ホルモンの分泌に悪影響を与えるようです。さらには母親の種々のストレス反応が、それに関連するホルモン分泌を通じて子供のストレス反応までに影響します2)

乳牛においても、このエピジェネティックスを考慮した牛の飼育方法の選択としては、母牛の乾乳期も子牛の哺育・育成期も、飼料の「バイパス蛋白」量を高め、血中のアミノ酸を介したホルモン分泌のコントロールによる体脂肪の付きにくい、泌乳性の高い乳牛の作出です。

これまでのブログでも示してきたように、バイパス蛋白は、体の構成要素である細胞の材料であり、また「糖新生」により細胞が活動するエネルギー(ATP)をつくる原料でもあります。

なぜ、乾乳や哺育育成時の「バイパス蛋白」の給与を強調するかというと、同じ乾乳期のエネルギー過剰でもデンプンとバイパス蛋白では、インスリンや成長ホルモン分泌の反応が違うと判断するからです。

乾乳牛や子牛のアミノ酸の供給不足は、免疫機能に大きな影響を与えます。胎子期や哺乳期にアミノ酸の供給を高めることで、成長に関与するホルモン分泌がよくなるかもしれません。またそれを意識過ぎて過給しても、デンプンの過給よりは「インスリン抵抗性」への影響は少ないでしょう。
そのため、私の乾乳期や子牛の飼料設計の特徴としては、一般の飼養標準よりバイパス蛋白を過給にします。しかし、エネルギー(正味エネルギー)量は適正にします。これにより飼料計算上より実際のアミノ酸供給量が少ないリスクを小さくしています。

私がこれまで農家さんの乾乳牛や子牛・育成牛の血液検査を実施した中では、蛋白過剰は少なく、多くはもっと蛋白(アミノ酸)を給与した方がいい牛がほとんどでした。その経験が前述の飼料設計の特徴の裏付けになっています。

この私の牛のエピジェネティックスを考慮した飼料設計はあくまで、憶測の域であり、仮説です。
牛のエピジェネティックスの研究が進み、それに基づく飼育、管理方式が確立することを願う次第です。

尚、冒頭の図・写真は1)の研究を実施した「九州大学農学部附属農場高原農業実験実習場」のHPから引用させてもらいました。本研究は、和牛肉牛飼育において、試験区が対称区に比較し、哺育・育成期に蛋白・エネルギー摂取量を高めた濃厚飼料多給方式ですが、肥育期は両区とも粗飼料主体にした場合、エピジェネティクスの影響のため試験区の増体、脂肪交雑等の肉質が想定以上に高くなったという結果でした。

(参考文献)
1)「代謝インプリンティングを基盤とした子牛の成長と産肉性」:「家畜感染症学会誌」(3号4巻(2014年))
2)「エピジェネティクスの世界―胎児期から小児期の環境による遺伝子修飾-」:「小児保健研究」(第78巻第6号(2019年))

この記事を書いた人

Ishida

いろんなことに「なぜ」、「なぜ」と問いかける性分が子供の頃からあり、今も続いています。牛は私に「正直」に接してきますが、人は必ずしもそうではないため苦手です。このブログを通して、牛が農家さんに貢献してくれるとともに、牛が健康に長く生きられる術を皆さんといっしょに考えていきたいと思います。