牛の栄養代謝の素朴な疑問(11)「乳牛にとっての脂肪毒性、糖毒性は?」

「脂肪毒性」、「糖毒性」という用語は医学分野の学術記事において、糖尿病などの生活習慣病を取りあげられる中で出てきています。
牛では人のような所謂「糖尿病」の発生は珍しいのですが、これまでのブログで述べてきたように、泌乳後半、体脂肪の蓄積が進み、それが原因の「インスリン抵抗性」の高い牛は、どの牛群にも少なからずいるとみています。

パルミチン酸等のルーメンバイパス油脂は夏季の低脂肪対策として使われる農家さんも多くいます。
しかし、それを泌乳後半のエネルギーが充足し、乳脂肪の移行の他に、体脂肪の蓄積に廻った場合は
人と同様にパルミチン酸等による「脂肪毒性」が気になります。「脂肪毒性」とは、体内にパルミチン酸等の遊離脂肪酸が増加し、細胞毒として種々の代謝障害を起します。一般には泌乳後半において血中遊離脂肪酸が大きく増加する報告はありませんが、乳線組織の乳脂肪への移行以上に過剰に脂肪を給与すると遊離脂肪酸が増加する傾向はあります1)
泌乳後半、この遊離脂肪酸の血中レベルがどの程度になると代謝的な問題が起こるかは、私の中では整理できていませんが、気になるのはやはり飽和脂肪酸が多い脂肪が体蓄積し、分娩後、パルミチン酸等の遊離脂肪酸として、肝臓に移行した場合です。つまり異所性脂肪の蓄積です。

次に「糖毒性」とは一般に医学分野では、エネルギー過剰による高血糖が続き、インスリン分泌やインスリン抵抗性を高め代謝的障害を生じることを指しています。泌乳牛では前述したように体脂肪の過剰(過肥)は問題にしますが、泌乳後半のエネルギー過剰による高血糖自体の酸化ストレスによる障害は一般にはあまり問題視されていないようです。その中で下記2)に示した論文の指摘が気になっています。この論文では穀類多給で高血糖が続くと酸化ストレスが高くなり、受胎に影響する可能性を示唆しています。

私の繁殖に関する臨床経験から、低血糖でも、高血糖でも受胎に影響するという見立てをし、血糖値を安定させる飼料設計、飼料給与を農家さんには示しています。
泌乳牛におけるフリーストールでの一群管理では、牛群の血糖値コントロールはむずかしいところがあります。繋ぎ飼い給与では、各牛の乳量に応じての濃厚飼料の給与量の増減は可能であり、高血糖を抑えることはできるのです。

(参考研究報告)
1)「夏季における乳量、乳質低下防止に関する試験 (3)脂肪酸カルシウム(パーム油脂調整)の
  給与効果」(沖縄畜産試験場研究報告 第28号 (1990年))
2)「ウシにおける最終糖化産物と繁殖の関係」(「家畜診療」67巻4号 (2020年4月))

この記事を書いた人

Ishida

いろんなことに「なぜ」、「なぜ」と問いかける性分が子供の頃からあり、今も続いています。牛は私に「正直」に接してきますが、人は必ずしもそうではないため苦手です。このブログを通して、牛が農家さんに貢献してくれるとともに、牛が健康に長く生きられる術を皆さんといっしょに考えていきたいと思います。